香り

昨日の出張講座では、
その多くの時間を手や肘のワークで進めた。

今回の講座のスタート時から続けている方もいらっしゃれば

1年ほど後から参加し始めた方もいらっしゃるが

そうしてじっくり取り組んだ後に寝返りをしてみてもらうと
「すごく楽!」という声があちこちから上がっていた。

スタート時から続けている方にとっては

手ができていなければ
実は寝返りもできてはいないということを

感じられた時間であったと思うし
途中から始められた方は特に顕著に変化が見られた。

肘のペアワークをしている際の様子を
先生と見守りつつお話しさせていただく中で

相手のサポートをしていたり
人の動きを見ているようなときの

むしろ、自分に意識が向いていないときの立ち姿が

するっと綺麗になっている方の姿に
「そうそう、バレエのレッスンの中でも

あんな感じでスッキリ立っていたりするんです。」と
仰っていらして、先日戴いたご報告の

ナチュラリゼーションは
自分よりも
むしろ他者の方が本質に気づけるような感じがありますね。

というお言葉がそこに重なった。

 

そして、先生が綴って下さった

それら全部
意図したり意識したりして出てきているわけではなく
自然な立ち上がりとして
その方その方の中から薫ってくる感じなので
だからご自分では同じようには感じられないのかもしれません。
薔薇は香りを自分に向けているわけではありませんものね・・・。

というお言葉を思い出しながら

その場に広がる香りを感じたひと時だった。

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そう、私は「かおりを自分に向けているようなダンス」に
違和感を覚えるのだ。

技術がどうでも良いという訳では決してないが
自分が「見せている」と思っている以外のものを
むしろ人は見ていたり、感じ取ったりしている面が
ダンスには多いように思う。

言葉のない行間に漂う何かを感じるように。

 

各停de読書

新宿から鶴川までは快速急行を使えば30分弱で着くが、
今日は微妙に時間の余裕があったし、
落ち着いて読みたい本があったので
敢えて各停に乗り読書タイムにした。

 

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稀に、その本のためだけに
ブックカバーを買い求めたくなるような1冊がある。
それが、須賀敦子さんと
その愛弟子の藤谷道夫さんの翻訳によるダンテの「神曲」だ。

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かつて、他の方の訳のものは読んでいたが、
好きな作家でもある須賀敦子さんのものというだけでなく、
この新訳版が生まれたエピソードにも深く感じ入るものがあった。

 

「神曲」を深く読み込んできた訳では無いが、
この本に出会って

人の世の歩みのちょうど半ばにあったとき

という、その最初の1行目から既に
その解釈への認識を新たにすることになった。

 

よほど引き込まれていたのだろう

新宿での発車待ちの時間も含め
多摩川を渡るところまでの30分間
周りの気配すら感じていなかった。

というより、電車に乗っていることすら忘れて

この本の世界の中に没頭していた。

イタリア語、トスカーナ語、そしてラテン語を巡る注釈は
ろくにイタリア語を知らない私ですら面白かったので
学んでいる方ならなおのことだろうと思うし
こんなに熱心に注釈を読み込んだ本は他にないかもしれない(笑)

おそらく、これから暫くは
モニターを開くより、ページを捲りたくなってしまいそうな気がするし
イタリアへの旅に出るときは、間違いなく
この本を抱えているだろうと思う。

神曲 地獄篇: 第1歌~第17歌 (須賀敦子の本棚 1) (須賀敦子の本棚 池澤夏樹=監修)

 

小さな前進

手の動きの癖は、とっていくのが難しいけれど
気付きだして注意が向くようになると
バレエではアームスをあれこれ意識している癖に
普段の生活の中でどれだけ肘を無視して
負担をかけていたかがわかる。

 

というようなことをある方が仰ったり
膝に関して同様の印象を持たれたという方もいらした。

 

www.nytimes.com

 

そういえば、だいぶ前の記事になるが
ニューヨークタイムズにこんな研究結果が載っていたのを思い出した(笑)

と、脱線してしまったが^^;

意図的に使うときに限らず、
無意識のうちにも身体のどこかを緊張させているが
その緊張に気付いたり、
違和感として覚えるようになるというのも小さな前進だ。

自分が何をしているかに気付くということは
また一つ知らなかった自分を知るということだから。

ダンスやワークをしている時以外の日常も学びに溢れている。
そこに学ぼうとするのなら。

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昨日の海の眺めで少しリフレッシュ
今日もかなり強烈な暑さだが^^;
代々木と鶴川でレッスンの1日だ。

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バースデープレゼントを戴いた♪ありがとうございます☺️

蓮の花のように

先日この記事で触れた方の先生から

その時の様子を綴られたメールをいただいた。

 

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 一瞬で池にあらわれた蓮という言葉から
その光景が浮かぶような気がした。

また、

ナチュラリゼーションは
自分よりも
むしろ他者の方が本質に気づけるような感じがありますね。

というお言葉や、

外から眺めるのと
中から感じ取るのとの違いもありますし
家を建てる時のように
内装は後から・・・なのかもしれません(!)

という言い得て妙のお言葉に膝を打ちつつ拝読させていただいた。

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大局的な目的はあっても
わかりやすい目標に向かって取り組むのとはちょっと違うから
すぐには具体的な手応えにはなりにくいかもしれないけれど
目標を脇に置いておくからこそ
その時の自分が予期できる以上のものを
いつの間にか学んでいたというような広がりがあるように感じている。

 

満員御礼

明日は和泉多摩川と江ノ島でレッスンだが
江ノ島クラスも満員御礼で
ずっと継続している方、久しぶりの方
初めての方が入り混じっての賑やかなひとときになりそうだ。 

 

My Naturalization

このひと月ほどは手のワークにハマっていたが
ここ数日感じるのは、右肘の変化。

ロックが外れたように動きが軽い。
それと前後して背中の感触も襷が外れたようで
顎のワークも更に楽になってきたし
寝返りやスパイダーの感触も変わってきて
新たな感覚盛り沢山で面白い(笑)

 

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引き上がるということ

このところ急に目覚めてきた感じの小学生のMちゃん。
今月は「この前先生に引き上げを褒められた😊」と、
ニコニコ嬉しそうにお話ししてくれた。

引き上げ方なんて教えていないが
自分の身体が成したことを
それが引き上がるということなのかと理解する。

世界を体験する前に、世界という言葉を知るのではなく
彼女は彼女の「引き上がる」という感覚の世界を体験して
そこに言葉が結び付いたのだ。f:id:blissfultouch:20180714132439j:plain

ナチュラリゼーションをはじめてちょうど1年半
課題はもちろんまだまだあるが
このところの彼女には色々なことがスムーズに響き
スーッとスポンジのように吸収していく。

その様子に「今だな」という感触を覚えたので
手のワークに重点を置きながらレッスンを進めた。
そして、その鎖がまた少し解けたなというところで
もう一度顎のワークをしてみてもらう。

すると、顎のワークも更に楽に
身体がしなやかに伸展していくことを発見する。

 

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それにしても、ものすごい暑さだ。

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週末の徒然

奏楽天使

ロッソ・フィオレンティーノの『奏楽天使』は
何故かとても心惹かれる作品。

長田弘さんの『奇跡―ミラクル―』の表紙にもなっている。

www.msz.co.jp

 

天使がその身体よりずっと大きいようなリュートに
もたれかかるようにしている姿や、表情から
リュートに触れている耳には
その音がどんな風に聴こえているのだろうかと
想像してみたりもする。

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耳で聴くだけでなく
身体全体でその響きの中にいるかのような
その姿がとても愛らしく、そして美しい。

 

意識との付き合い方

昨日も同様のことを仰っている方がいらしたが
ナチュラリゼーションの中でも、暫く他のワークに熱心になっていて
ふと気付いたら熱心になっていたワーク以外のワークが変わっていた。
そんなことがよくある。

例えば、股関節や足のワークをテーマにしていたのに
そういえば、と指立ちのワークで手に変化を覚えるような。

「熱心さ」にはまだ過剰な何かがあったり
欲が邪魔しているのかもしれないと思った。

その方が、そんなことを仰った。

私もある程度テーマを持って取り組んだりするが
注意を向けてやっているところではないところに
むしろ何かが起こるのかもしれないというような感じで
そこから派生する変化を捉えているような面がある。

ある意味では意識を逸らすために意識を使っているような(笑)
と言っても、それを意図してというより
結果としてそうなっている感じ。

それが良いか悪いかはわからないが
そうした意識との付き合い方から生じる
間接的な作用の表れが面白い。

 

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お土産

新婚旅行でイタリアとスペインを巡ってきた娘がお土産を持ってきてくれた。
マーブル装飾の施されたパスケース。
そう、フィレンツェに行ったらぜひ立ち寄りたいと思っていたのが

Alberto Cozzi e famiglia – Italiano | Riccardo Luci

なのだが、彼女たちも行ったそうだ(笑)

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こちらのブログでもご紹介くださっているが、とにかく美しいのだ。

www.moriichi-net.co.jp

 

私自身がアートに楽しみを見出したきっかけが
幼い頃のマーブリング体験だったのもあるだろうが
未だに、こうした色彩の妙味を感じられるものには目がない😆
小物として製品化されたものも良いが
できればマーブル紙そのものをいくつか買って帰ってきたいと思っていた。

先遣隊(笑)が持ち帰ってきてくれた製品に触れて、更に楽しみになった。

宿泊予定のホテルからも徒歩で6〜7分のところにあるようだ。

 

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