拒絶されたような記憶

 自らが苦しんだ体験があって
我が子に同じ道を与えるのを躊躇する想いと
それでもバレエを愛していた想いと
そのバレエに拒絶されていたような切なさとが
入り混じったような心情だとその人は語っていた。

でも、今与えるのではなく
いつでもそれを選べる準備をしておいてあげたら
お子さん自身が選択をするまでの
猶予ができるのではないですかとお話をした。

物心ついて、自分が選んだことであれば
人はきっと、そこから何かを学び
豊かさを見出すこともできる。

そして、もしかしたらその人の
「拒絶されたような記憶」も
書き換わることもあるかもしれない。


昔、同じような拒絶感を覚えたこともあるけれど
バレエの懐は思っているより深い
少なくとも私はそう感じている。

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