成城にて

昨日は世田谷方面に所用があって、その帰りに久しぶりに成城へ。

旧職場に立ち寄って、かつての同僚とも少しお話しすることができた。

医療系と美術系、二人の娘が進学して教育費が一番大変な時代を中心にこの街で働いて過ごした。それは娘たちのためというより、自身が学び続けるためだったようにも思う(笑)

そして、震災と17年アルツハイマー型認知症を患い逝った身内との別れが無ければ、そのままそこで働き続けていたかもしれない。

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お店などの移り変わりはあっても並木道や街の風情は変わらない。カリス成城もよく立ち寄った店だ。

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このパン屋さんはお気に入り。


よく休憩時間を過ごしたカフェで読書を楽しむ。
友人が薦めてくれた「愛だとか、正義だとか」という、知識として哲学を識るではなく、動詞として「する」ための本だ。それもPOPに。

およそ簡単には言い表せないことを、些か無理も感じるくらいに軽く表現しようとした著者の、「哲学」に対して抱かれている曖昧な、そして本質とずれたイメージを払拭し興味を持ってもらいたいという想いが伝わってくる。

「それでも伝えたい」と、もどかしさを超えて表れてくる言葉に寄り添いながらページをめくっていく時間は、案外楽しく新鮮な発見にも満ちている。

世の中には哲学について「簡単に」説明してある本がいっぱいあります。でも、哲学について簡単に分かってそれでどうなるのかというと、残念!それが何にもならないのです。簡単に、効率よく、というのは、目的が決まっている場合にはとても大事になります。でも、哲学というのは「自分でする」ものでした。目的だって「自分で考えて決める」べきものです。だから、「目的地はここです、だからそこまで効率よく行きましょうね」というような「哲学についての簡単な説明」というのは、あってもそんなに意味はないのです。それは、「哲学とはこんなものです。あなたには関係無いです」と言っているのと同じじゃないかと、私には思われるのです。
 なので、少し気長に読んでもらえたら、と思います。私は「大人になればわかる」というごまかしはしたくなかったのです。だってそれは、「理解ができないのはお前が悪い」と言っているのと同じで、無責任だと思ったからです。かといって、「こんなに簡単なんですよ」という嘘もつきたくなかった。我ながらやっかいですが。

 

「愛だとか、正義だとか」平尾昌弘 著/萌書房 序章より