徒然

水辺のレッスン

和泉多摩川でも、江の島でも嬉しい言葉に触れた火曜日。
人の可能性は計り知れない。

冬が舞い戻ったかのように冷たい雨が降る中でも
心がふわりと温かくなる1日だった。

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巧みさ

赤ちゃんの動きは、
隠れていた動きの癖や
妨げになっていたものを明るみに出す。
だが、それを繰り返すうちに
余分なものは徐々に自ずと削ぎ落され
時間をかけて育まれた巧みさが残っていく。

「意識して使って、身体に覚えさせる」
というような図式ではなく
それは、その人に必要な時間をかけて
生成されていく。

寡黙に、でも確かに、
少しずつ変わっていく
それぞれの動きを見守りながら
「巧みさ」という言葉が浮かんで
かつて読んだベルンシュタインに
もう一度触れなおしている。

非常に単純で単調な動作に含まれる運動スキルであっても、「運動の公式」や「運動の決まり文句」であろうはずがない。これは、運動スキルと条件反射が同じものだと思っている人たちを含めて、大勢の人々に誤解されてきたことだ。したがって、運動スキルを、脳の運動領野のどこかに存在する刻印や痕跡だと考えるのは誤りなのだ。

ニコライ・A・ベルンシュタイン『デクステリティ 巧みさとその発達』

 

ベルンシュタインはまた、運動学習における反復練習の意味を見抜いていた。すなわち、繰り返しは、機械の様に同じ動きを再現するために行うのではない。繰り返しの目的は、課題解決のプロセスを反復することにより、よりよい解決策を編み出す能力を獲得することに他ならない。学習の目的は、過ぎ去りし過去の再現ではなく、来るべき未来への準備だ。このことは同時に、多様な解決のプロセスを含まない反復練習は、適切な運動の学習に繋がらないことを意味している。
 世界は時々刻々と変動している。変化に満ちた環境の中では、ある瞬間に「最適」であった動作でも、次の瞬間にはその場にそぐわない不適切な動作になり得る。したがって、ある一定の運動パターンを記憶し、固定するという運動問題の解決方法は、多様な環境の下ではむしろ不利益をもたらすことになる。予期せぬ新奇な状況に置かれたときに必要となるのは、記憶しておいた動作をそっくりそのまま再現する能力ではなく、その状況に適した新たな動作をその場で創り出す能力だ。

ニコライ・A・ベルンシュタイン『デクステリティ 巧みさとその発達』
訳者あとがきより

 

変化の感触

扉を開く鍵は、
時にゴールとは逆の方向にある
ということを感じる昨今だが
そこからの変化の感触はまさに
鎖を繋いでいた鍵が外されたような感じ。

言わば、劇的な変化なのだが
でも、それはナチュラリゼーションに
ずっと取り組み続けてきた上でのことで
一朝一夕に起こったことでは決してないから
はしゃぐような感じでも、騒ぐような感じでも無く
何かとても淡々と
起きていることを受け止めている。

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 薔薇

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まだまだ続く薔薇祭り。 

 明日から山形だ。