ギフト

今回の山形滞在の合間に
生後2か月の赤ちゃんと触れ合う時間があった。
ATNRなど、まだ様々な反射の動きがみられる時期。
子育て中はそんな時期をじっくり楽しむ余裕も無かったが
フェンシングをしているようなその動きも
何かとてもエレガントに思えた。

残存することによって問題を生じさせることもあるようだが
やがて消えていくそうした動きは
誕生時に産道を旋回すること
うつ伏せで窒息しないよう気道を確保することなど
生命を守るために授けられた
自然(じねん)からのギフト。
それはとても美しく、感動的だった。

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山形、そして自然にちなんで、今日は
羽黒山伏の星野文紘氏の
『感じるままに生きなさい ―山伏の流儀』から
しぜんとじねんについての言葉を引用させて戴こうと思う。

 

いまつかっている自然 (しぜん )という言葉は 、江戸時代までは 、自然 (じねん )といっていたんだね 。
自然 (じねん )という言葉のなかには 、人間も入っている 。自然 (じねん )といったら 、山や川や海や岩なんかと同じように 、人間もそのなかにあった 。
いっぽうで 、しぜん 、という言葉もつかっていた 。
「しぜんとね 、こないだ 、気が向いて … … 」というふうに 、会話のなかに出てくる 。
ところが 、ネイチャ ーという言葉を翻訳するときに 、「自然 」の語をつかって 「しぜん 」としたんだ 。親しくお付き合いさせてもらってる哲学者の内山節さんに最近聞いた話では 、森鴎外だっていうんだなあ 。
それで人間がはずれちゃった 。
欧米では 、ネイチャ ーには 、人間は入っていないからね。
それ以降だよ 。人間と自然の共生なんて言葉をつかったり 、自然と人間の一体化という言い方をしたり 。もう 、わけがわからなくなってきている 。

星野文紘『感じるままに生きなさい ―山伏の流儀』

感じるままに生きなさい ―山伏の流儀

 

さて、今日は小学生と高校生のバレリーナさんとのレッスンだ。