Arabesque

昨夜は結局遅くまで「神聖幾何学」に見入ってしまった(笑)

つまりリアリティのあらゆる層の中に見られる多性の中の「一性」には超越的源泉<単元>の反映が看取できるのである。その一性、源泉は幾何学的点から分極展開を開始する。やがてそれは線、曲線へと進み、織り成す自己相似的アラベスク模様となり、無限の彼方に至るのである。モスクなどのイスラーム建築物の壁面に描かれたその模様は、調和の具現、無限性の一性からの多性への流出、一性への多性の帰還、そして幾何学そのものである。

『神聖幾何学』
ロバート・ロウラー 著 三浦信夫 訳 
111頁 訳者解題より

神聖幾何学 -数のコスモロジー-     イメージの博物誌 24 

 という、訳者の方の言葉に触れながら、
Lincoln Kirsteinの遺したこの一冊に描かれた図を思い出しもした。

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ジゼルのウィリたちの登場のシーン、ラ・バヤデールの影の王国のシーンが群舞によるアラベスクによって表されるのは、やはり神性や宇宙的調和の具現化に他ならないのではないだろうか。

そして、ジゼルのアラベスクでの連続的な回旋もまた、人間から霊的なものへと転じる表れであるように思い、そこにはスーフィーのセマー(旋回舞踏)も重なって見える。

 

そして、ターンアウトという働きは、単に機能性や美のみでなく、身体空間を拡張して幾何学的な無限性、調和、リズムを通じ、神性的なものを舞台空間に権現させるようなムーヴメントであるようにも思う。

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