動くことと絵と

小さい頃から、とにかく不器用だったという低学年のお子さんがいらっしゃるご家庭に、しばらく前から時々出張で伺って親子レッスンをしている。
体育など運動も苦手で嫌いなようだというお話だったが、お魚さんや動物さんのあくびをしてみようか?という感じで顎のワークなどに誘ってみると、面白がって動く。
首や肩に硬さはあるようだが、動くことが嫌いという訳ではなさそうだった。

まだ顎と手のワークしかしていないし、レッスンの回数もそれほど重ねた訳では無いが、お母様と一緒に毎日ワークを続けるうちに次第に硬さも和らいできてか、お口も最初の頃よりは随分開くようになってきた。

そうした中で、お子さんの描く絵が少しずつ変わりだしたようだとお母様が仰る。
それまでは自分から人の絵を描くことはなかったし、描いても首がなかったり、手足もすごく雑に描いていたのが、首を描くようになったり、不器用でも以前より丁寧さが感じられるのだそうだ。

そのお話を伺って、ミヒャエラ シュトラウスの『子どもの絵ことば』を思い出したりもしたが、子どもの描く絵にはやはり、その子の今が現れるものなのかもしれない。

体育の授業や、いわゆる「スポーツ」ばかりが動くことでは無い。
まずは「動く」ということの楽しさや気持ちよさ、それらを通じて変わっていく自分を発見する楽しみを経験して欲しいと願っている。

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昨日、川崎駅の近くで。

 

ある社会人の生徒さんからは、こんなお話を伺った。

今まで、何かを始めたりやろうとするときは、予めそれによって何が経験できるかを決めてかかっていたり、その自分の予想の枠だけで物事を捉えようとしていたけれど、それが自分の経験を狭めていたかもしれないと。

そしてそこには、わからないということが不安で、居心地が悪くて、既知のことに結びつけて安心したがる自分がいたのだろうと感じていらっしゃるというようなお話だった。

けれども、今は「わからない」という事態にも寛いでいらっしゃるのが感じられる。

レッスンの後に街を歩くのが楽しいそうだ。言葉では説明できないけれど違う感触が時折顔を出すとき、以前だったら、それに自分自身に対する説明をすぐに与えようとしていたが、今は「違う感触が出てきたな」とただそのままを感じていることが楽しいのだそうだ。

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