やっているつもり

「ねえ、普段お家でどのくらいワークしてる?」

 

レッスンにやってきたときの彼女の話の後
その問いに答えるのではなく、そう尋ねた。

彼女のここ数ヶ月の様子を見ながら
正直なところ、彼女の自宅などレッスン以外の時間での取り組みは
おそらく圧倒的に足りないのだろうということは
身体にも表れているように思ったし
当人はそのつもりはないかもしれないが、
月1回通っていることと
家で少しなぞることで「やっているつもり」の安心感を
アタマに与えているのだろうと感じてきたから。

決して不真面目なワケでもないし
多分本人なりには一生懸命で
むしろ様々なことを恵まれた環境で与えられてきたであろう
どこか優等生的な素直さもある。

でも、その「恵まれてきた」ことが
幸か不幸か挫折も経験せず
さらに恵まれた環境で多くを与えられながら学ぶことになるこれからの
中や先で彼女自身の壁になるということも
容易に想像がつく。

 

頭でどれだけ想像しても
「やっているつもり」と
そうでないことの違いはわからない。

言葉で叱責したとしても
きっとまた、わかっていないことをわかろうと
アタマを巡らすだけに終わってしまうだろうと感じるから
多くは語らず、その時間の殆どを
ズリバイと腹ばいでのアーチのワークだけをさせ続けた。

それがレッスン最初の彼女の問いの答えでもあるから。

 

レッスン後、今まではやり方が甘かったと思うとメールが来た。

 

その気付きが「わかった」に終わるかそうでないかは
次にやってくるときの姿に表れると思う。

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