嵐の晩の読書

嵐の前の夕暮れ時、早めに閉めた雨戸越しに花火の音が聞こえてきた。
こんな時に?と訝ったが、神社の例大祭の一環の花火でもともと15分間位を予定していた様なので、予定通り実行されたのだろう。夜空に打ち上がる花火が、台風の厄災を祓ってくれます様にと祈る様な気持ちも覚えつつ、その音を聴いた。

 

3時過ぎ、風の畝る音に目覚め、なんとなく寝付けなくなったので、久しぶりに長田弘氏の本を開き、その言葉に触れた。

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そうした戦後の体験が、今日それぞれが暮らしにもつ現在の思想のどんな土台となってるだろう、もしかしたら手抜きした土台のうえに家をもったままというのが、わたしたちの現在のありようなのじゃないか。

その土台にいよいよ直面しなければ立ち行かなくなってきたのが、今の時代である様にも思う。でも多分、そうした土台は思考の中で言葉を踊らせるだけでは築かれていかない。生きている自分の身体というものの土台を建て直しつつ、他者と、或いは環境と関わっていくことが、一個の自分としてそれを稽えるスタートなのだと感じている。

 

台風一過の朝。

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