楕円

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たとえばお稽古をする場合でも、一つの技を習得していくときに、孫子の代までの時間スパンで考えると。だから自分の生きている20年、30年では完成しないんだと。そこまで考えに入れるとなると、貨幣経済というのは、「生きているうちが花よ」の世界ですから、意味がないんですよ。

 

このスパンの感覚
呼びかけに対するレスポンスという感じは
とてもしっくりくる。

 

この『21世紀の楕円幻想論』は未だ読んでいないが
上記の記事を拝見して
花田清輝『復興期の精神』の中の言葉を思い出した。

 

「焦点こそ二つあるが、楕円は、円とおなじく、一つの中心と、明確な輪郭をもつ堂々たる図形であり、円は、むしろ、楕円のなかのきわめて特殊なばあい、── すなわち、その短径と長径とがひとしいばあいにすぎず、楕円のほうが、円よりも、はるかに一般的な存在であるともいえる。ギリシア人は単純な調和を愛したから、円をうつくしいと感じたでもあろうが、矛盾しているにも拘わらず調和している、楕円の複雑な調和のほうが、我々にとっては、いっそう、うつくしい筈ではなかろうか。」
花田清輝『復興期の精神』「楕円幻想 ─ ヴィヨン」

どこか硬直したように静的な円より、
両義性を抱えながらも
それ故に動的な楕円にしなやかさと自然さとを感じる。

 

今、読んでおきたい1冊と読み返したい1冊。

21世紀の楕円幻想論 その日暮らしの哲学復興期の精神 (講談社文芸文庫) 

 

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