徒然

わからないって、何かいい

「子どもはすごいですね、羨ましいなあ。」
ナチュラリゼーションをやっていると
そんな声に出合うこともあるし
私自身も率直に感じたりする。

でも、いつから大人になったのだろうと考えると
結局は社会や自分自身が引いた線によって「分けられた」だけで
本当のところはわかっていないのかもしれない。

分けて、比較して、
常識や、自分自身のバイアスで括って
そこから生じるのが言い訳になってしまうより
わからないままの自分の中から掘り出せる
無垢なものにじぶんを澄ましていたいなと思う。

わからないって、何かいい。

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読書

歴史的会談…そんなニュースの言葉から再読したくなった1冊。

歴史の主語は、どこまでも単一の「われわれ」によってでなく、ほんとうは、あくまでも複数の「わたし」によって、いつのときも担われてきたのだということを考えます。言挙げの言葉が、時代のかたちを決するのではありません。それは、社会の器量という、日々のあり方を活々としたものにしてゆく、プルーラル(他者のいる)アイデンティティの持し方、たもち方によってさだまる。わたしはそう考えています。考えるとは、二分法で考えない、ということです。二分法からはじめない。それは読むことのはじまりです。
長田弘『知恵の悲しみの時代』みすず書房

知恵の悲しみの時代

 

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歩く

さて、3週続いて今日も代々木。
ちょっと四谷に用事もできたので、レッスン前に新宿御苑を歩いてみよう。