山人の足

読書 山人の足 『越後三面山人記』からの徒然

 

越後三面山人記に、山人の足について触れられた箇所がある。
現代の街に住む人間が勝手に抱くイメージなどとは全くもって違うその寒中の山の暮らしぶりや生き様を、読んだからとて想像しきれるものでもないが、その描写からその足だけは、どこか妙にリアルに思い浮かぶ様でもあった。

 

「オレの体は山が作ったんだわっ」山で生まれて生きているうちに、体まで山が歩きやすいつくりになってしまったのだ、といって彼は笑う。事実、彼の両足の甲、親指の付け根の部分は異常なまでに突き出している。急峻な山道を、あるいは道なき藪を重い荷を背負って歩き、狩りで山々を駆け巡ってきたために、つま先から甲にかけての骨に負担がかかり変形したに違いなかった。いや、変形したというより、むしろ彼の足こそが人間本来の足の形なのかも知れなかった。彼の体は、山に生きてきた歴史そのもののように思えた。「オレたち山奥で暮らしてきた者は、山歩くのが商売でやってきたんだものなっ。小さいころから、それこそ人間はじめて歩くの覚えたときからな、獣が裸足で歩くのと同じでなっ、どこ歩くにもみんな裸足で、山でも川でも歩いたろう。だがら自然と体が山に馴染んで、こういう体になったんでねぇかな。狩りで山歩くときなんぞはなっ、ハー自分が人間であることも忘れるんだわっ。オレも一匹の山の獣と同じで、獲物追うんだわっ。何を考えるってこともねぇ、夢中で体動かして、必死で追うんだわっ。獣獲るんだものなっ、獣にならねば獲ることできねぇはでな。オラっ山さ入れば、獣と同じだぞうっ。山も谷も翔んで歩くんだわっ」
―  ヤマケイ文庫 新編 越後三面山人記

新編 越後三面山人記 マタギの自然観に習う (ヤマケイ文庫)

 幼い頃見た山形の鶴岡市出身の母の実家に飾られていた山伏装束姿の古ぼけた写真の足元の記憶が、そこに重なる様な気がしたからかもしれない。それは小学生だった私の記憶に残るほどしっかりと大地に根ざした足だった。

身体は、生きることそのものの表れなのだと思う。
この時代、街に住みながら山人の様な身体性は望むべくもないが、せめて育むこともせぬまま退化させてしまったものの一部でも取り戻そうとする試みから、問いかければ時間はかかっても応答してくれる身体との遅々とした対話の様なものを覚えるたびに、生きるということの有り難みや喜びが身体に浸透して行く様に感じる。

この年齢になるまでヒトとしての機能を持ち腐れてきた様な私ですら、呼びかければ僅かずつでも応えてくれる身体があるという感触。

骨だ筋肉だ皮膚だ内蔵だと切り分けて感じられるもの以上に、むしろそれらの働きあいによって生まれる隙間に、そうした実感の様なものが流れ注がれていく様な気がしている。

寒山で生き抜くために育まれたものと比べようもないし、子どもの遊戯の様な試みかもしれないが、この時代・環境の中、身に合う形で稽えなおす道をゆっくりと歩き続けたいと思う。それがこの時代を生き抜くために自分に必要なことだと感じるから。

 

こちらの記事にも足についての記載があった。

The MATAGI – 自然に踏み入る技と心

 

朝散歩 里山を歩く

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