徒然

嬉しいとき

問うこと、稽えること、試すこと、発見すること
その面白さに輝く瞳や
「あっ!」という短い、でも貴重な声に触れるとき
何より嬉しい。

 

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タイ語

 

武から生まれた動きが、平和になっていくに従って舞になり、暮らしの動きもそこに交わりながら芸術に、伝統文化になっていく。
そんな長い長い時間の流れにあるものに、その国の言葉で僅かずつでも触れていく。

昔の人の叡智を垣間見るとき、通ずると感じることは多々あったり、その一端に今様の説明がついたとしても、それが「同じ」だとは思わない。

今よりももっともっとわからないことだらけの中で、その時代、その土地の、自然の事物にも倣い、信仰という背景もある中で、生き抜くために稽え、見出し、練られてきたものを並列で語ることなど到底できないから。

そういえば以前TVで海外の山間部に住むララムリ族の少女が、スカートにサンダル履きでウルトラマラソンにエントリーした際の映像が流れ、それを「超人的能力」と捉え、面白がるような見方にどこか違和感を覚えた。

私たちは「自分たちが標準」と言う視点で物事を見比べてしまいがちだが、その地で生きるために育まれた能力を前に私はむしろ退化した私たちを感じさせられたように、通ずるものを感じるほどに、むしろ決定的に違うものが浮き上がってくるように思う。

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タイ語の先生は今週末からお里帰りなさると仰っていらして、「ソンクランの季節ですね〜!行ってらっしゃい!」などと見送る言葉をかけ、夕食もタイ料理を作ったタイモードの昨日だったが、急遽自分も行くことになりそうな^^;
予定は未定のまま、一応スケジュールだけは空けておいたのだが、間際すぎてどうなることやら。

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