巡る「場」

昨日両親の転居先に行って、今まだ唯一ある庭園灯の修理をしていると微かに芳香が漂ってくることに気付いた。
2週間前にはただ鬱蒼としていた樹の上の方だけに白い花が咲いていて、その樹はクチナシだったようだ。そういえばその実らしきものがアプローチにも落ちていた。

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これまで暫くあまり手入れされていなかったのでだいぶ傷んでしまっているが、これから少しずつケアをしていくと、もっとたくさん花を咲かせてくれるかな。心臓を患って以来少しずつ出かけることや歩くこともなくなってきている父だが、香木が嗅覚にも季節感を与えてくれそうだし、足元をもう少し整えていけば時折預けるアド🐶と共に庭に出る楽しみも生じるかもしれない。木陰に小さなベンチでも置こうかなどと思ったりも。

庭園灯も何とか使えそうなので、新たに買い足したソーラー式のパスライトも適宜加えていけば、夜間もほんのり明るいアプローチの眺めになるかと思う。

 

リフォームを手がけて下さった業者さんが作業中の記録写真を持ってきて下さったが、昔伯父が裏に植えた竹(その後義父が苦労して抜いたらしい)の根が、既に枯れてはいたが床下まで入り込んでいたそうだ^^;竹おそるべし。

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床材も当初入っていたものより明るめの色にしてもらったので雰囲気も明るくなってきた。

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老後のことを考え鎌倉の家を手放してこちらの方に越してきて以来住まっていた家の大家さんが、介護やご自身の体調不良もあってその家を手放したいというお話があった時は、両親が新たに住まう場所を見つけるのは高齢ゆえに容易ではなかったから途方にくれたりもしたけれど、それと前後するようにそれまでここを借りて下さっていた方が転居することになって、古いけれど思い出のある家を手放したくない義父母や義妹の想いと、もう何かを所有したいという気持ちもなく慎ましやかに暮らして行ければ良いという両親の想いとが、うまく折り合う形で展開したのは、やはり何かの計らいのようにも思え本当にありがたく感じている。

 

今両親が住まっている家の隣の方は母と同じ歳で10年ほど前に夫君が他界なさってからは一人暮らしをなさっているが、二人はよく姉妹ですかと尋ねられるほどとても仲が良く、当初はその方も少なからずショックを感じられたようだ。けれど今は天気の良い日は母と一緒にこちらまで足を運んで掃除や庭の手入れを手伝って下さったりもして、そんな時間を楽しんでも下さっているそうだ。私たちもできることでサポートはしているが、私たちにはできないのが身内以外との交流の楽しみだから、住まう場が少し離れても、そうした関わりが途絶えることなく続いていきそうなことにも安堵や感謝を覚えるこの頃。

 

鬱蒼として青臭いような匂いに包まれていた古民家も、光や風、そして人の流れが巡るようになり、土や花や樹木の香りとともに「場」として息を吹き返してきているように感じる。